示差走査熱量測定(DSC)とは?原理や測定対象を解説
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示差走査熱量測定は熱分析の中核をなす強力な手法であり、その定量性・汎用性ゆえに広く用いられています。他の熱分析法(TG、DTA、TMA、DMAなど)それぞれに得意分野がありますが、DSCはそれらと組み合わせることで真価を発揮し、材料の熱的性質を多面的に解明することができます。
本記事では、DSCの原理から装置構成、測定モード、得られる情報、応用分野、解析方法、他手法との比較、そして製品設計に役立つ実務的なポイントまで包括的に解説します。
示差走査熱量測定(DSC)は物質の熱的挙動や相転移を評価できる

示差走査熱量測定(DSC)は、物質を温度変化させた際に生じる熱の出入りを測定する熱分析手法です。DSC装置で試料を加熱・冷却すると、試料と基準(リファレンス)との熱流(heat flow)の差が検出され、試料の比熱容量や融解・相転移に伴う熱量変化などの情報が得られます。
特に、ガラス転移のような微小な熱的変化も検出できるため、材料の純度評価や高分子材料の物性測定など、産業界の品質管理で広く活用されています。
まとめ
示差走査熱量測定(DSC)は、温度変化に伴う試料の吸熱・発熱を熱流差として捉え、比熱容量や融解・相転移などの熱特性を評価できる手法です。ガラス転移のような微小変化にも強く、純度評価や高分子材料の品質管理に活用されます。
示差走査熱量測定は試料の熱の出入りを測定する
DSCでは、試料と基準物質(リファレンス)を同じ温度環境で加熱または冷却し、両者間の熱のやりとりの差を測定します。試料と基準を小さな容器(パン)に入れて温度制御された炉に入れ、一定の速度で温度を変化させると、試料が示す吸熱・発熱に応じて基準との間に熱流の差が生じます。
この熱流の差を温度(または時間)の関数として記録したものがDSC曲線であり、曲線上の熱的イベント(ピークやベースラインの変化)から試料の転移や反応を特定できます。
DSCという名称は、基本的に次の2種類の測定方式の総称です。
- 熱流束型DSC(Heat Flux DSC)
試料と基準を同一炉で加熱し、両者の温度差(ΔT)を検出して、装置定数と校正に基づき熱流差(heat flow)として換算・出力する方式です。
- 入力補償型DSC(Power Compensation DSC)
試料と基準物質を別々の小型ヒーターで個別に加熱し、両者の温度を常に等しく保つように制御する方式です。それぞれに加えた熱エネルギーの入力の差を測定することで熱流の差を求めます。
いずれの方式でも、試料が吸熱反応(融解など)を起こせば基準よりも多くの熱が必要になり、発熱反応(結晶化など)では逆に熱が余るため、試料部と基準部で必要な熱エネルギーに差が生じます。その差を検出・記録することで、試料で起こっている熱的イベントを捉えるというのがDSCの基本原理です。
なお、示差熱分析(DTA)も試料と基準の温度差を測定する点では原理が類似していますが、DSCではその温度差が熱流(熱の出入りの速度)に比例するよう工夫されているため定量性が高く、融解熱などの熱量を直接測定できる点が大きな特徴です。
まとめ
示差走査熱量測定(DSC)は試料と基準物質を同一条件で加熱・冷却し、両者の熱流差から吸熱・発熱の挙動を捉える手法です。得られるDSC曲線を解析することで、融解や結晶化などの転移・反応を定量的に把握できます。
測定炉・試料容器・センサーから構成される
出典:[ 一般社団法人 日本分析機器工業会 / 示差走査熱量計(DSC)の原理と応用 ]
DSC装置の基本構成は、図1にあるように、温度制御された測定炉(加熱炉)の中に試料と基準物質を入れるホルダー(試料容器・基準容器)があり、温度センサーおよび熱流検出用のセンサーが組み込まれている形態です。
典型的には、試料と基準をそれぞれアルミニウムなどでできた小さなパン(試料容器)に封入し、炉内の同じ位置に並べてセットします。測定炉(ヒーター)でプログラム通りに温度を昇降させながら、試料側と基準側の熱的挙動の違いを熱電対などの温度センサーで検出します。その出力信号が増幅・変換されてDSC曲線として記録されます。
熱流束型DSCの場合、炉内に大きなヒートシンク(熱だまり)があり、その上に試料パンと基準パンを載せます。ヒートシンクと各パンの間には一定の熱抵抗体が設けられており、試料が吸熱・発熱すると、その分だけ試料側と基準側で温度差が生じます。この温度差は熱電対によって高感度に検出され、熱流差に換算されて出力されます。
一方で、入力補償型DSCでは、試料用と基準用にそれぞれ独立したマイクロヒーターと温度センサーを備え、両者の温度が常に一致するようにフィードバック制御します。試料が吸熱反応を起こすと、試料側ヒーターにより大きな熱エネルギーが供給され、発熱反応では供給熱エネルギーが減少します。その熱エネルギーの入力差を、温度の関数として記録することで熱流差を求めます。
両方式の違いによるメリット・デメリットとしては、一般的に、入力補償型DSCはヒーターが直接試料を加熱するため応答が速く、急速加熱・冷却に適しています。一般的なDSCの昇温速度は機種によって幅があり、0.01~200℃/min程度まで対応する例もあり、短時間で測定したい場合やガラス転移のように精度良く温度を制御したい場合に有利です。その反面、熱容量の大きなヒートシンクを持たない構造のため温度安定性にやや劣り、ベースライン(熱流の基線)の安定性が確保しにくい傾向があります。
その一方で、熱流束型DSCはヒートシンクにより炉内全体の温度場が安定するため、ベースラインが平坦で安定しやすく、長時間の測定や微小な変化の検出に向いています。その代わり、対応できる昇降温速度は機種により異なるため、急激な反応や高分解能が必要な用途では、方式・機種選定が重要になります。
とはいえ、実際にはどちらの方式でも得られるデータは似ており、装置固有の設計による性能差のほうが方式の違いによる差より大きいとも言われます。現代のDSC装置では、高度な温度制御とセンサー技術により、高感度・高精度な熱測定が可能になっています。
まとめ
示差走査熱量測定(DSC)装置は温度を制御する測定炉、試料容器(パン)、温度・熱流センサーで構成されます。熱流束型と入力補償型の方式があり、目的や測定条件に応じた装置選定が精度と再現性を左右します。
昇温・冷却・等温の3つの測定方法がある
DSCでは、目的に応じてさまざまな温度プログラムを設定することができます。代表的な測定モードとして、一定速度で温度を上昇させる昇温測定(プログラム昇温)、一定速度で冷却する冷却測定、および温度を一定に保つ等温測定があります。
昇温測定はもっとも基本的なモードで、たとえば、室温から試料が分解しない範囲まで一定の昇温速度(10℃/minなど)で加熱し、試料が示す転移や反応を記録します。材料の融解温度やガラス転移温度、分解開始温度など多くの情報が得られ、一回の昇温で種々の熱的イベントを把握できる利点があります。実際のDSC曲線では、温度上昇に伴って試料の熱容量に応じたベースライン上昇が見られ、転移が起こればピーク(またはステップ変化)として現れます。
昇温速度は速すぎるとピークが広がったり温度位置がシフトしたりするため、感度と分解能のバランスを考えて適切な速度を選択します。また、初回の昇温で試料の履歴がリセットされることがあるため、二回目以降の昇温で熱履歴の影響を調べることもあります。
冷却測定は、試料を高温まで加熱した後、今度は一定速度で温度を下降させながら測定する手法です。これにより過冷却を伴う結晶化や、凝固・ガラス転移の挙動を観察できます。たとえば、高分子試料を一旦融解させてから冷却すると、結晶が形成される際の結晶化温度や放出熱(結晶化熱)のピークが得られます。
金属・合金においても、冷却過程で現れる固相・液相の転移点(凝固開始温度など)をDSCで検出できる場合がありますが、金属材料は熱的変化が小さいものも多く、高分子や有機材料ほど汎用的ではありません。それでも、冷却曲線から結晶化度や過冷却の度合いを評価したり、材料の凝固挙動を把握したりする上で有用です。
等温測定では、目的の温度まで試料を上昇または下降させた後、その一定温度に保持して経時変化する熱流を追跡します。温度を固定した状態で発生する緩やかな反応や物性変化を調べるのに適した手法です。
たとえば、硬化反応を持つ樹脂では、ある温度に保持して架橋反応の進行に伴う発熱を時間の関数として測定し、反応速度論の解析に利用します。酸化劣化の誘導期間を調べる場合にも等温DSCが使われます。一定温度で酸素雰囲気中に試料を保持し、酸化が始まって発熱ピークが現れるまでの時間(酸化誘導時間:OIT)を測定することで、材料の耐酸化性や保存安定性を評価できます。
さらに、数時間から数日に及ぶ長期安定性試験では、走査せずに等温保持することで微小な発熱・吸熱を検出し、実時間に近い経時変化データを得ることも可能です。
このように、昇温・冷却・等温各モードを組み合わせることで、材料の熱的性質を多角的に調べることができます。
まとめ
示差走査熱量測定(DSC)は昇温・冷却・等温の3つの測定モードを使い分けることで、融解や結晶化、ガラス転移、反応速度など多様な熱特性を把握できます。目的に応じた温度プログラム設定によって、正確な評価と解析精度の向上につながります。
DSCは物理的性質も化学的変化も測定できる

DSC分析によって得られる代表的な情報について解説します。以下のほかにも、相転移温度(固体の結晶構造が変わる転移など)、分解開始温度(熱分解が始まる温度)や酸化誘導時間(先述の酸化安定性評価)など、DSCから得られる情報は多岐にわたります。
DSCは試料の熱的な挙動を可視化し、そこで得られる転移温度・熱量・熱容量といったパラメータから、材料の物理的性質や化学的変化を詳細に読み解くことができます。
融解温度(融点)|DSC曲線上では鋭い吸熱ピークとして現れる
融解温度(融点)は、試料が固体から液体に相転移する融解の開始温度やピーク温度です。DSC曲線上では鋭い吸熱ピークとして現れ、ピーク頂点近傍の温度が融点に相当します。
この融解ピークの位置と形状から、試料の融点や純度(混合物の場合の共晶点や融解レンジの広がり)を知ることができます。
結晶化温度 |DSC曲線上では結晶が生成する際に発熱ピークが現れる
結晶化温度は、試料が冷却時や加熱中に結晶を析出するときの温度です。DSCでは結晶が生成する際に発熱ピークが現れ、そのピーク温度が結晶化温度(結晶の生じ始める温度)を示します。
たとえば、高分子を加熱するとガラス転移の後に移動可能な分子鎖が秩序立って再配列し、冷結晶化と呼ばれる結晶化が起こることがありますが、その場合、DSC曲線上に発熱ピークが観測されます。結晶化温度は、材料の結晶化しやすさ(過冷却の程度)や結晶の安定性を評価する指標になります。
ガラス転移温度(Tg)|DSC曲線上ではベースラインが階段状にシフトする
ガラス転移温度(Tg)は、アモルファス(非晶質)材料が低温のガラス状態(硬く脆い状態)から高温のゴム状態(柔軟な状態)へと性質を変える転移温度です。ガラス転移自体は固体のまま起こる準二次転移で潜熱を伴わないため、DSC曲線上では明確なピークではなく、ベースラインの段差(急な熱容量変化)として現れます。
具体的には、Tgを挟んで比熱容量が不連続に変化するため、DSC信号のベースラインが階段状にシフトします。ガラス転移温度はプラスチック材料の使用温度域や機械的特性を左右する重要な値であり、ポリマーの評価において重視されます。
反応熱(エンタルピー変化)|DSC曲線上では発熱・吸熱ピークが現れる
反応熱(エンタルピー変化)は、試料中で起こる化学反応や相変化に伴う熱量の総称です。DSCでは発熱反応であれば曲線に発熱ピーク(Exotherm)が、吸熱反応であれば吸熱ピーク(Endotherm)が現れます。グラフの上下方向は装置や設定によって異なりますが、多くの高分子DSCでは発熱が下向きにプロットされます。ピーク面積は反応に伴う熱量(エンタルピー変化)に比例するため、適切にベースラインを設定してピーク面積を積分することで反応熱を定量できます。
たとえば、硬化性樹脂の架橋反応で発生する熱(硬化熱)や、結晶が融解するとき吸収する熱(融解熱)をDSCで測定し、そのピーク面積から熱量(J/g)を算出することが可能です。
比熱容量(熱容量)|ベースラインの傾きから算出することができる
比熱容量(熱容量)は、試料の温度を1K上げるのに必要な熱量(単位質量あたり)で、材料固有の熱特性値です。DSCは「試料の温度を変化させるために必要な熱量」を直接測定しているため、試料の比熱容量(Cp)を求めることもできます。
一般的なDSC測定でも、ベースラインの傾き(熱流の温度依存性)から比熱容量の変化傾向が得られますが、精密な比熱測定には装置の感度較正や、昇温DSCを用いた定量手法(昇温速度を変えて熱容量を評価する手法など)を用います。
高精度な断熱熱量計での測定値と比較して、DSCで測定された熱容量値は適切な校正を行えば良好な精度で求められ、条件によっては±1~2%程度の十分な精度で比熱データを提供します。比熱容量は材料の熱的な応答(断熱性や蓄熱性)を評価する上で重要な値であり、熱設計やシミュレーションにも役立ちます。
まとめ
示差走査熱量測定(DSC)は融点や結晶化温度、ガラス転移温度、反応熱、比熱容量などを把握でき、物理的性質と化学的変化の双方を評価できる手法です。熱挙動を可視化することで、材料特性を定量的かつ多面的に解析できます。
DSCは材料化学から食品・医薬まで利用可能
DSCは材料化学から食品・医薬品まで幅広い分野で利用されています。この章では、代表的な応用分野ごとに、DSCで何が分かり、それがどのように役立つかを紹介します。
高分子材料(ポリマー)|融点、結晶化度、ガラス転移温度、硬化挙動などを分析
高分子材料(ポリマー)の分野では、DSCは日常的な分析手法となっています。ポリエチレンやポリカーボネートなどの熱可塑性樹脂からエポキシなどの熱硬化性樹脂まで、DSCで測定することで融点、結晶化度、ガラス転移温度(Tg)、硬化挙動といった重要な特性値を把握できます。これらの熱特性は高分子材料の成形条件(射出成形や押出成形の温度など)や、使用時の耐熱・耐寒性能、機械的強度に直結します。
たとえば、ポリマーのDSC曲線から融点や結晶化温度を知ることで最適な成形冷却速度を検討でき、Tgを知ることでその材料が使用可能な温度範囲を判断できます。
また、DSCは高分子の硬化反応の追跡にも用いられ、エポキシ樹脂の未硬化率を残存硬化熱から算出したり、添加剤の影響でTgや硬化熱がどう変化するかを調べることができます。混合物系ポリマーでは、融解ピークの形状から組成や相分離状態を推定することも可能で、純度の低い化合物では融点ピークが低温側に広がる(融解ピークがブロード化する)といった典型的な挙動がDSCで観察されます。
さらに、熱履歴による結晶構造変化の評価(アニール処理による結晶化度向上の確認など)にもDSCが手軽に使われており、高分子材料開発・評価には欠かせないツールです。
出典:[ 一般社団法人 日本分析機器工業会 / 示差走査熱量計(DSC)の原理と応用 ]
図2はポリエチレンテレフタレートのDSC曲線です。
73℃付近にガラス転移によるベースラインシフト、133℃付近に結晶化による発熱ピーク、258℃付近に融解による吸熱ピークが出現していることがわかります。
金属材料|はんだ合金や形状記憶の分析に活用
金属材料へのDSCの適用例もありますが、高分子ほど一般的ではありません。金属は融点が高く(アルミニウムの融点約660℃など)大きな装置が必要になることや、相転移に伴う熱量が比較的小さい場合が多いためです。
それでも、数は多くありませんが、はんだ合金の融解・凝固の温度(固相線・液相線温度)を調べたり、形状記憶合金のマルテンサイト変態温度をDSCで測定するといった例もあります。
セラミックスや無機材料|ガラス転移点や結晶化挙動の分析に活用
セラミックスや無機材料の分野でも、DSCは研究・開発用途で役立ちます。ガラスやセラミックスでは、ガラス転移点(ガラスから結晶化へ移行し始める温度)や結晶化挙動の把握が重要です。DSCを用いれば、ガラス材料のTgや結晶化時の発熱ピークから、ガラスの安定性や結晶化に要する活性化エネルギーを推定できます。
たとえば、ガラスからガラスセラミックス(微結晶化ガラス)を作る際には、DSCで得た結晶化ピーク温度に基づいて熱処理温度を設計します。
また、強誘電体セラミックスの強誘電–常誘電転移(強誘電体のキュリー点)など、一部の無機材料では明確な熱異常がDSCで検出できます。セラミックスは熱膨張や機械的な寸法変化が主な問題となる場面も多いですが、相転移に伴うエンタルピー変化を調べるにはDSCが有効です。
なお、高温で反応性の高い材料の場合、白金製のパンを使う、酸素雰囲気下での反応熱を見る際にはアルミナ製パンを使うなど、試料容器の選択にも配慮して測定します。セラミックス分野でのDSC利用は他分野に比べると限定的ではあるものの、新材料の熱的性質解明やプロセス最適化の一助として位置づけられています。
まとめ
示差走査熱量測定(DSC)は高分子・金属・セラミックスなどの材料分野に加え、食品や医薬品の品質評価にも活用されます。融点やガラス転移、結晶化挙動を把握でき、研究開発から製造管理まで幅広い用途で有効です。
DSC曲線の読み取り方と定量・解析技術
DSCで得られるDSC曲線(熱分析曲線)を正しく解析することで、材料の熱的特性を定量的に評価できます。DSC曲線は横軸に温度(または時間)、縦軸に熱流(一般的にmW単位で試料重量当たりに規格化することも多い)をプロットしたものです。
まず、曲線上には、何も熱イベントが起こっていないときに一定の傾きで伸びるベースライン(基線)が現れます。これは試料の比熱容量に起因するもので、昇温中であれば試料の温度上昇に必要な熱が徐々に増えていく様子を反映しています。熱流のベースラインは「試料重量 × 比熱容量 × 昇温速度」に比例します。
ベースライン上に試料の転移や反応が起こると、熱の出入りに応じてピーク(あるいはステップ状の変化)が現れます。吸熱反応(融解、蒸発など)が発生すれば、熱流が余計に必要になるためDSC曲線は上向きに変化し、発熱反応(結晶化、硬化反応など)の場合は、逆に熱流供給が抑えられるため下向きに変化します。グラフの上下方向の定義は装置により異なりますが、本記事では吸熱を上向きにしています。
ガラス転移のような潜熱を伴わない転移は、ピークではなくベースラインの階段状シフトとして表れます。以上がDSC曲線の基本的な読み方で、ピークやベースライン変化の方向と位置から熱的事象の種類と温度を知ることができます。
次に、DSC曲線から得られたデータを定量解析する方法です。もっとも重要なのは、転移温度と熱量(エンタルピー)の算出です。転移温度はピークが現れる場合、その立ち上がり(オンセット温度)やピーク頂点の温度を用います。
たとえば、融解の測定では、純物質ならば急峻な吸熱ピークの開始点(ベースラインから明確に逸れ始める点)を融解開始温度と定義し、ピーク頂点温度を融点近傍の代表値とします。
一方で、ガラス転移温度はベースラインのシフトとして現れるため、一般的にはベースライン前後の延長線の中点をTgと定めます。結晶化温度や反応の開始温度は発熱ピークの立ち上がり点から決定します。このようにして得た温度は、その材料固有の特性温度として報告されます。
熱量(エンタルピー変化ΔH)の定量にはピーク面積の測定を行います。DSC曲線上でピーク部分とベースラインとの差を積分すると、その過程で出入りした熱量の総和が得られます。
たとえば、試料1 gあたり(J/g)の融解熱を知りたい場合、熱量(ΔH)は、ピーク部分の熱流を時間で積分して求めます。温度軸で面積を扱う場合は、昇温速度を用いて時間に換算します。実務上は、解析ソフトで開始点・終了点とベースラインを指定すると自動的に算出可能です。
ここで重要なのがベースライン処理です。ピークの積分では、ピークに相当しない熱流背景を補正するため、ピーク前後のベースラインを直線や多項式で近似して引く(ベースラインを補正する)必要があります。ベースラインの選び方によって積分される面積値が変化しうるため、定量性を確保するには、一貫したベースライン処理と装置校正が欠かせません。
一般的に、明瞭なピークではピーク開始前後の安定部分を直線で結ぶシンプルな方法で十分ですが、ガラス転移に伴うエンタルピー緩和のように形状が複雑な場合は、シフトベースライン法を用いるなど工夫します。適切に処理されたピーク面積からは、その転移や反応に関与した正味の熱量が得られます。この値(J/g)は融解熱、結晶化熱、反応熱、比熱容量変化量などとして報告され、材料同士の比較や純度の評価(混入物があると融解熱が低下するなど)に利用されます。
DSC曲線解析の際には留意点もあります。一つはピークの重なりです。複数の熱的事象が近接温度で起こる場合、DSCでは一つの複合したピークとして現れることがあります。
たとえば、ポリマーのガラス転移直後に架橋反応が始まる場合、Tgのステップ変化に重畳して発熱ピークが現れ、判読が難しくなります。このような場合、昇温速度を下げて熱的に分離する、試料量を減らしてピークをシャープにするなどの対策によってピークの分離を試みます。必要に応じて、変調DSCと呼ばれる手法によって、可逆熱容量成分と非可逆熱効果を分離解析する高度な方法もあります。
また、試料調製が適切でないと生じるアーティファクトにも注意が必要です。試料と基準の重量差が極端に大きい、試料とパンの接触が悪い、あるいはセンサーにゴミが付着している、といった場合にはベースラインが乱れたり、見かけ上のピークが生じたりすることがあります。測定に先立って、空のパンを測定してベースラインの直線性を確認し、必要なら補正する(ゼロライン補正)ことも重要です。
DSCによる定量結果の信頼性を担保するには、装置の校正も不可欠です。温度軸については、融点がよく知られた標準物質(インジウムの融点156.6℃、亜鉛の420℃など)を測定し、そのピーク温度に基づいてDSCの温度を調整します。熱量(熱流)感度についても、インジウムの融解熱(28.58 J/g)など既知のエンタルピーを持つ物質を用いて、得られたピーク面積が正しい熱量を示すようゲインを補正します。
さらに、ベースラインの僅かな傾きやずれも、校正モードで修正しておきます。これらの校正作業はDSC装置の据付時や定期メンテナンス時に実施され、ASTM E967/E968やISO11357といった国際規格に従って管理されます。適切に校正されたDSCでは、測定値の再現性・他装置間の信頼性が向上し、取得データを用いた熱量の定量比較や物性評価に確かな裏付けを与えます。
まとめ
示差走査熱量測定(DSC)では、DSC曲線のピーク位置やベースライン変化を読むことで転移温度や反応熱を定量評価できます。正確な解析には、ベースライン補正や装置校正が重要で、結果の再現性と信頼性を左右します。
DSCは熱エネルギーの定量性が高く感度が良いが、質量変化はわからない
DSCのメリットとしてまず挙げられるのは、その定量性の高さと感度の良さです。DSCは試料への熱流(熱の出入りの速度)を測定しているため、融解熱や反応熱といった熱量を直接測定でき、数%以内の高い精度で算出できます。示差熱分析(DTA)も似た装置構成ですが、DTAが得られた温度差を主に定性的な分析(ピークの有無で転移を検出する目的)に用いるのに対し、DSCは温度差を熱量に換算して定量評価まで行える点が優れています。
さらに、DSCは熱容量の変化を捉えられるため、潜熱を伴わないガラス転移のような微小な変化でも検出可能であり、他手法では見逃しがちな繊細な熱的イベントを解析できる強みがあります。実際に、ガラス転移は重量変化を伴わないため熱重量測定(TG)では観察できませんが、DSCならば明確に検出できます。
このように、DSCは「熱で何が起こったか」だけでなく「どれだけの熱が出入りしたか」まで示せるため、材料の相転移や反応の把握において非常に有用です。測定操作も比較的容易で、試料調製もシンプルなことから、汎用分析として研究から品質管理まで広範囲に普及しています。
一方で、DSCには制限や不得意な点もあります。他の熱分析法との補完関係を交えて述べると、まず熱重量測定(TGまたはTGA)との違いがあります。TGは温度変化中の試料の質量変化を記録する手法で、揮発成分の発散や熱分解による減量を高感度に測定できます。
それに対して、DSCは質量変化の有無は判断できず、あくまで熱の出入りのみを測定します。したがって、DSC曲線上で何らかの吸熱ピークが観測されても、それが蒸発によるものか融解によるものかについては、DSC単独では判別が難しい場合があります。
こうした場合、同時熱分析(STA)装置によってTGとDSCを同時に測定することで、熱イベントに質量変化が伴っているか否かを突き止めることができます。TG-DSCでは、熱量変化と重量変化の有無・方向を組み合わせることで、相転移・硬化・結晶化・融解と、分解・脱水・揮発・発泡などを区別しやすくなります。
このように、DSCは他の分析と組み合わせて解釈することでさらに有用性が高まります。また、DSCでは試料の熱膨張や機械特性の変化は直接は分かりません。熱機械分析(TMA)や動的粘弾性分析(DMA)は温度に伴う寸法変化や弾性率変化を測定する手法ですが、これらはDSCと補完的な関係にあります。
たとえば、DMAで検出されるガラス転移点はDSCのTgと一致することが多く、両者を組み合わせることで、熱的・機械的両面から材料の転移挙動を評価できます。
他の制限事項としては、感度と測定範囲のトレードオフが挙げられます。DSCは高感度ですが、試料量が数mg程度と少量であるため、ppmレベルの極微量成分の検出には向きません。また、高温DSCでは-150~2000℃のレンジを持つ機種もあります。
さらに、試料によっては測定中に激しい発熱・発泡を起こして装置を汚染・損傷する危険もあります。そのため未知試料では事前に同時熱分析装置(STA)などで分解挙動を確認し、安全な測定条件を設定することが推奨されます。
加えて、複数の熱イベントが重なると解析が難しくなること、測定結果が昇温速度や試料状態に依存することも留意点です。たとえば、結晶化の放出熱は昇温速度によってピーク温度が変わったり、試料の形状(粉末か塊か)によってもピーク形状が変化し得ます。従って、他手法も併用し、包括的に材料評価を行う姿勢が重要です。
まとめ
示差走査熱量測定(DSC)は熱量を高精度に定量でき、微小な熱変化も検出できる点が強みです。一方で、質量変化は把握できないため、TGやDMAなど他の熱分析手法と併用することで、より正確な材料評価が可能になります。
製造現場でのDSC活用ポイント

この章では、製造業の製品開発や品質管理の現場でDSCを活用する際に、押さえておきたい実務的ポイントをまとめます。経験者の視点から、測定のコツや活用上の注意点を紹介します。
適切な測定準備と信頼性確保|メンテナンスされた適切な装置を使用
DSC測定では、試料容器(パン)の選択・試料量・充填方法といった基本事項がデータの品質を大きく左右します。
まず、温度範囲に応じて反応せず熱伝導の良い容器材質(一般的な範囲ならアルミニウムパン)を選びます。試料量は、多すぎても少なすぎても良いデータは得られません。大量に入れすぎると試料内部に温度勾配が生じてピークがブロードになり、逆に少なすぎると感度が低下して微小な転移(特にガラス転移)の検出が困難になります。目的に応じて適切な質量(融解なら数mg程度、Tg測定なら5–10mg程度など)を選択しましょう。
また、試料はパンの底面に薄く均一に広げ、蓋との隙間や底との密着を良くすることが再現性向上に直結します。粉末試料は軽く押し固めて熱接触を改善しますが、強く押しすぎるとメカノケミカル効果で結晶転移を起こす可能性もあるため注意が必要です。パンの底面が歪んでいたり汚れていたりするとセンサーとの接触が悪化し、ベースラインの乱れやピーク歪曲の原因となります。
さらに、定期的な装置校正と清掃も欠かせません。インジウム標準などによる温度・熱量校正や、未使用時のベースラインチェックを行い、信頼性の高いデータ取得に努めます。未知の試料を測定する際は、文献値などからおおよその分解温度を把握し、必要に応じて密閉パンを使う、またはSTAなどで分解挙動をあらかじめ確認するなど、安全面・装置保護の対策も講じてください。
これら基本を押さえることで測定ミスを減らし、実務に耐えるDSCデータを得ることができます。
熱特性データによる工程最適化|材料の特性を把握して実施
DSCで得られる融点、硬化開始温度、ガラス転移点などのデータは、製造プロセスの温度管理に直結します。
たとえば、樹脂材料の融解温度や結晶化温度が分かれば、射出成形や押出成形の加工温度と冷却サイクルを最適化できます。熱硬化性材料の場合、DSCで硬化反応の発熱ピークを追跡することで、適切なキュア(硬化)温度と時間を設定できます。
これにより、硬化不足による品質不良や過剰硬化によるエネルギー浪費を防ぎ、製造サイクルの効率化と省エネに繋がります。実際に、DSCで得たデータを基に加熱プロファイルを調整した結果、エネルギー消費を削減しつつ生産スループットを向上できた事例もあります。
このように、材料の熱的特性を正しく把握することは工程設計の最適化に直結し、製品品質と生産効率の両面で大きなメリットをもたらします。
品質管理への活用|監査対応やトレーサビリティの確保に貢献
DSCは製品や材料の品質検査ツールとしても非常に有用です。製造ロット間で材料の熱的特性にズレがないか(ポリマーのTgや結晶化度が一定範囲に収まっているかなど)をチェックすることで、バッチ間のばらつきを早期に検知できます。
たとえば、あるロットのDSC曲線にだけ未知のピークが現れた場合、原料の混入やプロセス異常による不純物生成を疑うことができます。測定時間は温度範囲・昇温速度・冷却の有無で変わりますが、比較的短時間(条件によっては数十分程度)で測定できるため、生産ラインから抽出したサンプルを逐次モニタリングする用途にも適しています。
特に樹脂材料では、DSCで残留硬化熱や融結晶の挙動を調べることで、成形品が適切に重合・結晶化しているかを判定できます。不適合な材料や不良ロットは製品化前に排除できるため、不良品の廃棄や手直し、リコールに伴うコストを大幅に削減できます。
つまり、DSCは重要な品質管理ツールとして機能し、問題が顕在化する前に材料の不一致を検出することで品質保証に寄与します。ISOやASTMの標準試験法が整備されていることもあり、DSCの客観データは、監査対応やトレーサビリティ確保の面でも信頼性が高いものとなっています。
不具合や劣化の原因診断|配合の見直しや保存条件の決定、工程改善に活用
製品の不具合や劣化問題に直面した際も、DSC分析が原因究明の手がかりを与えてくれます。たとえば、ある樹脂部品が時間経過とともに脆くなった場合、正常品と劣化品のDSC曲線を比較することで、ガラス転移温度の変化や未知の発熱ピークの有無を調べます。
もし、劣化品でのみガラス転移が上昇していれば架橋反応の進行が疑われ、逆に低下していれば可塑剤の吸収や分解産物の影響が考えられます。同様に、新たな発熱ピークが劣化品で観測されれば、酸化反応や結晶化の進行を示唆します。実際に、DSCを用いて良品ロットと不良品ロットの熱特性を突き合わせ、不具合の根本原因を特定できたケースは数多くあります。
得られたデータは、製品配合の見直し、適切な保存条件の設定、工程の改善などに直結し、より安定で信頼性の高い製品開発に役立ちます。経験的にも、DSC曲線上の些細な変化が将来的な問題の予兆であることも多いため、定期的な熱分析による健康診断的なアプローチが有効です。
まとめ
示差走査熱量測定(DSC)は適切な試料準備と校正を行うことで、信頼性の高いデータが得られ、工程最適化や品質管理、不具合原因の特定に役立ちます。製造現場では、熱特性の把握が製品品質と生産効率の向上に直結します。
熱特性を定量し、材料設計・品質管理に活かそう
示差走査熱量測定(DSC)は、温度変化に伴う試料の吸熱・発熱を熱流として捉え、融点・結晶化温度・ガラス転移温度(Tg)などの熱特性を定量評価できる手法です。装置構成や測定モードを理解し、DSC曲線を適切に解析することで、材料の状態や反応を多面的に読み解けます。
DSC活用のポイント
- 目的に合った測定モード選定:昇温・冷却・等温を使い分け、転移・反応・劣化など狙った現象を捉える
- 試料準備と条件の標準化:パン材質・試料量・充填方法を揃え、再現性の高いデータを確保する
- ベースライン処理と校正の徹底:ピーク面積の定量には補正と温度・熱量校正が不可欠
- 他手法との併用で解釈精度を上げる:質量変化は分からないため、TG/STAやDMAなどと組み合わせて判断する
DSCは研究開発だけでなく、工程条件の最適化やロット間ばらつきの監視、不具合原因の切り分けにも有効です。熱の「量」と「温度」を軸に材料を評価し、品質と生産性の両立に役立てましょう。
DSC評価を活かした樹脂部品の試作・量産はQuick Value™で効率化
示差走査熱量測定(DSC)によって把握した融点やガラス転移温度、結晶化挙動などの熱特性は、樹脂部品の材質選定や加工条件の最適化に直結します。評価結果を設計・試作フェーズに素早く反映させることで、品質の安定化と開発リードタイムの短縮が可能になります。
Quick Value™(クイックバリュー)はシール材大手の当社バルカーが提供する樹脂加工品のデジタル調達サービスです。ユーザーは図面データ(2D図面や3D CADモデル)をアップロードするだけで、その部品の価格・納期見積もりを即時に取得できます。
バルカーが提携する多数の加工パートナー企業の工場データ(設備・加工種別・加工工数・受注状況など)と、アップロード図面の加工情報を照合し、各図面に対して最適な価格と納期を原則2時間以内に提示します。
従来は調達担当者が部品図面をもとに個別に加工会社へ見積もり依頼し、人手で原価計算する必要がありましたが、Quick Value™なら図面ごとに個別見積もりする手間を無くし、調達・見積業務のDX化を実現しています。ぜひ、この機会にご活用ください。



